* 花嫁衣裳 *
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「天馬様。 二人の結婚式、私、日明大佐の白無垢を着るのですわ」 「そうか。 菊理ならさぞかし似合うだろうな。 俺も大変楽しみだ」 「そしてそして! お色直しは最低五回。西洋式のドレスも着たいのです。あと食事は絶対花亭の重箱弁当ですからね。もちろん披露宴会場は帝国ホテル。ホテルごと借り切ってしまいましょう。 ああそうだわ。引き出物は何にしましょう? 朱塗りの箱に入っているお菓子なんてどうかしら。 紅白饅頭は鶴屋に決まりですわよね。新婚旅行はどこにします?」 ******** 「……現朗さん、本当に、ありがとうございました……」 天馬はがっくり肩を下ろしながらその紙を金髪の隊員に返した。 背中に闇を背負いながら、深く、深くため息をつく。 「零武隊の給料が知りたいなんて、いきなりどうしたんだ? 天馬殿」 現朗は興味からきいてみたが、天馬は言いたくないとばかりにゆっくり首を振った。 「いえ……なんでも……ありません。 ……………… ……………… ………………結婚、するまでに八年か……」 婚約指輪は給料の三か月分が目安とか聞きますが、結婚費用の目安はどのくらいだろう。 |
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* 雨 *
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「あーあ。長い雨だなぁー」 「外でお弁当食べたいねー」 激に作ってもらった弁当をつつきながら、毒丸はぼやく。帝都は梅雨に入り、ここ久しくスカッと晴れる日がない。太陽の明るさを思い出しながら激はご飯をほおばった。 弁当を作る身としてはやはり梅雨は苦手だ。 細心の注意が必要になるが、かといって塩分をやたらめったら多くするのもどうかと思う。 「お。毒丸、お前また激の弁当か?」 「あ、大佐ー。 現朗ちゃんが出張だからその間だけ俺の分も作ってもらってんだ。 うへへへ。美味しいよー。流石あの現朗ちゃんを餌付けしただけのことはある」 後輩にからかわれると、激は耳まで真っ赤にして俯いてしまう。 蘭はしばらく毒丸の弁当を覗き込んでいたが、ひょいっと手を伸ばしてから揚げを奪った。 「むぎゃっ!」 「うむ。確かに美味い。 初めて食う味つけだな。……中華風か? そんじょそこらの料理店では敵わんぞこの味は」 「いや、そ、そんなんでも……ないっすよ。ちょっとこの前中華街で食った唐揚げが美味かったので、その味付けを真似てたんです。 なんかそー言われると照れますよ」 たはははと笑いながら頭を掻く激に、蘭は莞爾とした。 「これならいつでも零武隊を辞めて大丈夫だ」 ******** 「よお現朗。ちょっと話があるんだが、いいか?」 「……? どうした。出し抜けに」 「そこに座れ」 「座っているが」 「正座しろってことだぁぁっ! てめえ、俺が結婚して主婦業に専念するから軍を辞めるとかいう噂流しやがったなっ! おら横向くんじゃねえっ。どうゆう了見してんだっ。いいか、反省するまでトコトン話し合うからなっ。 あっ。今舌打ちしたなっ。舌打ちしただろぉーっ!」 ******** ある晴れた昼下がり、例によって例のごとくの二人が木陰で弁当を食べていた。 「なんかさー。現朗ちゃんが結婚するから零武隊辞めるって本当かなぁ」 「………………あいつ、懲りてねぇ……」 現朗は堀を埋めてから城を落とすタイプだと思うのですが。 |
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* 触れてはならぬ存在 *
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日が落ちて、月が昇って、時計は一時を指していた。 「そろそろ、寝るか?」 真が同室の赤い髪の男に向かって言うと、座卓で書類を作成していた彼は顔を上げて時計を見て、あっと小さな声を上げた。 「すまん。こんな時間か」 「いやこちらも本を読んでいたからかまわなかったんだが……明日も早いからな」 いいながら彼は文庫本を枕元に置く。 真と炎の間では、十二時には寝ることが不文律で決まっていた。今日は炎は仕事に没頭し、真も自分の寝台に横たわって読書に耽っていたから気づかなかったのだ。 寝巻きに着替えて、二段ベットの下に炎が潜り込む。それと同時に明かりを落とした。 真っ暗な部屋に月明かりが静かに差し込んでくる。寮は、静まり返っていた。 ……静まり返っていたからこそ。 その、不自然な音は余計によく聞こえた。 ぎしぎしと床板の歪む音。間断的に聞こえる悲鳴のような小さな声。いっそ発情した猫のように大きな声にしてくれれば文句のひとつでも言えるのだが、我慢しているのか時々しか聞こえない。それが余計に想像を掻き立てる。 また、あの二人か。 真は暗闇に金髪の同僚とその傍らにいつもいる垂れ目の青年を思い浮かべた。 その二人は、同室なのだ。 炎は何度も何度も寝返りを打って、布団をかぶって丸くなっていた。何も考えないように。何も想像しないように。だがそれは無理な話だった。 心臓は早鐘のようにうち、血が滾る。ぶるぶると体が震えた。 あの声は――― ――――――あの声は、激、だ。 「………………真。寝れん」 気づけば、そう、命令していた。 その小さな声に呼応して、上の段からすたんと何かが下り立つ。布団の横に潜り込んできた。 「子守唄、でも歌ってやろうか?」 友人は文句ひとつ言わず、そうたずねる。 まるで彼が炎に仕えるのは前世からの約束であるように。 その当たり前さが、好きだった。 「……お前に歌えるのか?」 「まーな。 ガキをあやすのは得意なもんでね」 ぽん、ぽん、と落ち着けるように優しく叩きながらリズムを取った。 「ねむれ良い子よ」 三拍子のゆったりとしたリズムの歌。 男の優しい、低音の声が流れる。 それは確かにどんな赤子ですら眠ってしまいそうな、いい声だった。 なのに――― 「やめろぉぉぉぉ―――ぉぉぉぉっ!」 がばっと、炎が起き上がる。 「き、貴様。 わざとだなっ!?」 「……冗談を解せぬとは悲しい奴め」 しれっと横の三白眼が答えた。 その当たり前といわんばかりの声に、ぶちっと炎のどこかが切れる。 その夜、いきなり寮内御法度のはずの隊員同士の喧嘩が始まり、しかもそれを止める安全装置的金髪の隊員がいつまでたってもこなかったので、被害は天文学的数字まで上った。 次の日、白服全員大佐に撲殺一歩手前まで素手で殴られて緊急入院し、胃痛で倒れた黒木中将の横に並べられた。 真だってたまには悪戯をしないかな? モーツアルトの子守唄。『眠れ良い子よ』の部分が『ねむれよ イコヨ』って聞こえることで有名。イコヨって誰でしょうね。 ネタがわからない方は↓をどうぞ。 (参考資料 現代教養文庫 478 世界歌謡集−青春のうたごえ− 社会思想社刊 ) 子守唄 1.ねむれよい子よ 庭や牧場に 鳥も羊も みんな眠れば 月は窓から 銀の光を そそぐこの夜 ねむれよい子よ ねむれや 2.家のうちそと 音はしずまり 棚のねずみも みんな眠れば 奥の部屋から 声のひそかに ひびくばかりよ ねむれよい子よ ねむれや 3.いつも楽しい 幸せな子よ おもちゃいろいろ うまいお菓子も みんなそろって 朝を待つゆえ 夢にこよいよ ねむれよい子よ ねむれや ↑が大まかな歌詞です。(これはどうも編曲しているようです) で。 問題は、この二番。つまり、奥の部屋から 声のひそかに ひびくばかりよの部分。 これを一応原文を訳したようなものとなると(友人から貰ったので出典わかりませんが)、 『お城の者もみんな 深い眠りにつき ねずみだって動いてない 倉庫も台所も空っぽで 侍女の部屋から「アァー」と甘い声が落ちてくるだけ あれはいったい何の声?(←ここはボウヤの台詞らしい) 眠れ良い子よ、眠むりましょう 眠れ良い子よ、眠むりましょう(=訳 子供は気にしないで眠りましょう。ね?)』 ……………………。 ………………さっすがモーツアルト。 |
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* 散ルタメニ狂イ咲ケ *
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「……これでは仕事ができません……」 五月一日。 入隊したばかりの天馬がため息交じりに言ったその言葉を、蘭が聞きとめたのは本当に偶然だった。 廊下で毒丸たち輪になって昨今の事件について語り合っているところを、偶々元帥府に行こうとしていた彼女と丸木戸の二人組とすれ違ったのだ。 「……何かあったのか?」 「大佐ぁ。 それがですね、聞いてくださいよー。 昨日の事件の帰りなんすけど、どこで情報を聞きつけたかいきなり警視総監が現場に現れて、天馬を連れて帰ろうとしたんですよー」 「あわてて俺たちが引きとめたから良かったものの。 というか昨日だけじゃなくて、本当、ここ毎日やってくるんです。しかも動きは並の御霊じゃなくて何人か死にそうでしたよ。帰りは遅くなるし、仕事はそのせいで残業になるし……」 「なんですかあの力は。 あれ、御霊にとり憑かれていないんですか?」 「……今日からしばらくの間は天馬内勤にしようって話をしてたんです。 昨日みたいに零武隊が大勢いればなんとか守れますけれど、二三人しかいなかったらマジで掻っ攫われますよ」 「なんとかして下さいよー」 口々にいわれる言葉を聞き流しながら、蘭はひどく疲れたように感じた。 揃いも揃ってたった一人の警視総監に情けない、 どうにも近頃零武隊には根性がないように思う。鞍馬山の事件が大きかったことの反動なのだろうか。隊員の中にいつの間にか蔓延している気の緩みを締めなおすのが、隊長として一番大変な任務なのだ。 そもそも警視総監に狙われて、掻っ攫われようがどうしようが、それは実力のない隊員が悪い。 と考え、天馬を軽く睨みつけた。 「己の身くらい、己で守らんか」 が。 予想外にも、この新兵は少し低い声で反論する。 「危機に晒しているのは隊長ではないでしょうか?」 彼だけは理解していた。 自分の居所があの警視総監にばれたのは、何か日明大佐と取引があったからだと。 それはまったくの事実だったので、上官は聞こえるように舌打ちして答えなかった。 やはりそうか、と天馬は一人納得して胸中ため息をつく。いい加減取引材料に使わないでほしい。この前の温泉旅行の天文学的数字に上る被害額と零武隊を総動員しても消せなかった噂の数々をみれば、何かしら学ぶべきところがあるだろう。 「……襲われたら自分で何とかしろ。 それくらい出来んで、零武隊に居座るなこの軟弱者が」 「では日輪の剣を使わせていただきます」 憔悴しきった新兵が恨みがましい目で上目遣いをしながら、ぼそりと呟く。 ちょっとした嫌がらせだ。 そのくらいここ数日の八俣の襲撃はきつかった。仕事で出かけた先に現れるのは当たり前、木から降ってきたり、池に引きずり込まれそうになったり、頼むから人間としての範囲内で行動してほしいと思う。何度かは休日に会う約束を取り付けて丁重にお戻りいただいたが、それが出来ないときは命懸けで逃げるしかなかった。 「お前ごときに使いこなせるならばやってみろ。 ……だいたい、多少暑苦しいのは認めるが、少しは受け入れて適当に流してやればいいだろう。何年付き纏われている。お前がいちいち嫌がるから向こうも面白がっているのだ。 あいつはな、親族から絶縁状を叩きつけられて以来、少し寂しがっているのだ。ある程度相手をしていれば襲撃のような真似はなしなくなるはずだ」 「え? 絶縁……て」 初めて聞く情報に、天馬だけではなく全員の動きがとまり蘭に視線が集中した。 その反応は想定外で、ぱちくりと上官は瞬きをする。 「知らんのか?」 「まあ、あーんな筋肉質なオカマなら、普通に絶縁するな。 だってマッチョだし」 「いやオカマだからだろ。あれが警視総監になっているという方が信じられねえけどな」 「ていうか俺としては、あれに親族がいるということ自体のほうが恐ろしいが……」 天馬はあごに手を当てて考えた。 一人だから寂しい。 ―――ということは。 「……あの、そういうことは、親族の方とある程度仲直りができたら私への反応は少しは弱まると考えていいのでしょうか?」 天馬の提案に、蘭は露骨に顔をしかめる。 「私は嫌だぞ。お前が勝手にすればいい」 『は?』 隊長の返答の意味が、一瞬、誰にも理解できない。 蘭は言葉を加えた。 「天馬、親族はお前だ。お前が奴の孫だろう? だからお前だけ仲直りでもなんでも勝手にすればいい」 衝撃の告白。 この世に、これ以上驚く事実があっていいだろうか。 『ええええええぇぇぇぇぇ―――ぇぇっっ!?』 全員の声が唱和して、窓が微かに揺れた。 驚く部下の中に天馬も入っていた。 「は、は、は、は、母上、初耳ですっ!」 仕事中は絶対に母上とは言わないと決めていたのだが、それを堂々と破ってしまう。そのくらいに衝撃の事実だった。 「言ってなかったか?」 「って、大佐って八俣さんの娘なのぉぉぉっ!」 「水色の髪は…… ええっと、いや、でもなんかすごく納得いくようないかないような」 「だから人間外の動きなのか!」 「そしてオカマなのかっ!」 「若作りすぎねえかっ! てかいくつだよ警視総監」 「人外魔境の家系だなぁ……」 ざわめく人々が面白かったが、蘭は笑いを堪えて背を返した。 そして歩き始める。 廊下の端まで来たとき、丸木戸は小さい声で尋ねた。 「……大佐」 「君は、驚かないな」 足をとめて振り返る。少し残念そうな顔が眼鏡に映った。 間を取るため―――というか、感情を整理するため―――丸木戸は眼鏡をかけ直す。 「一つ申し上げておきたいことがあります。 今日は五月一日ですから」 「五月一日なんだろう?」 嗚呼、まったく気づいていない。 どうしよう。 「ええと…… 確か昨日私が話したその、異国の風習April fool Dayですが ………………四月一日 …………です」 ―――間。 「どぉしてくれるぅぅっ!」 「大佐が間違えたんでしょうっ!五月一日はメーデーですからっ!」 胸倉をつかまれて窒息死しそうになりながら、丸木戸は最後の悲鳴をあげる。 穏やかに晴れた五月晴れ。 この噂は警視庁から果ては元帥府まで伝播して、それを零にするために相当な時間を要したのである。 お題と微妙にマッチしてませんか? え……してない? して、して、してますよぉ。(焦) 三巻が出るまでは八俣さんが天馬の父親だと思っておりました。が。飛天さんの台詞で日明氏がいると判明しました。 |
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