* 壇ノ浦 *






 「さ、さっさと東京に戻りますか。って……あれ?」
蘭は、隊員全員を置いてすたすたと歩き出した。それは官舎がある方ではない。
 まずは教授が。
 次に現朗が。
 真が、炎が……と次々に気がつく。
 最後にお喋りをしていた毒丸と激までが、静かになったのを不審に思い顔を上げた。

「……ちょっと、壇ノ浦までな」

いつのまにか彼女の手には、しっかり『下関源平合戦の歩き方』が握られていた。
「はああぁぁ? あんたこれから観光旅行ですかっ?」
「だって、だって、だって、ここから近いしっ」
「六十九人の死体を前にしてよく言うな」
と真が。
「急いで帝都戻らないとまずいでしょうが、村ひとつ焼くんですよ、これからっ」
と現朗がたしなめるが、いやいやと彼女は首を振る。
「義経好きなんだもんっ! 昔から好きなんだもん。
 ちょっとくらい、ちょっとくらい良いじゃないかっ」

『いいわけあるかーっ!』

  壇ノ浦に行きたいです。




* 鯖寿司 *






 「帝月。
 お前の前に、瑠璃男と鯖寿司がある。どちらを先に取る?」
「鯖寿司」
「では、天馬と鯖寿司だったら?」
「鯖寿司」
「菊理と鯖寿司なら」
「鯖寿司」
「お前、それでも兄かぁっ! 菊理をとらんとは許せんっ。
 そこに直れっ。そして反省していろ一時間くらいっ」
「なんだとっ。
 おまえこそ鯖寿司一人占めして食うな。全部僕に渡せっ」
「この鯖寿司は特別なのだっ。渡すものかっ」
ぎゅっと蘭は鯖寿司の箱を抱えた。
 それを帝月が両手を伸ばして取ろうと必死だ。
「僕のために買ってきたんだぞ」
「菊理は『おいしい鯖寿司ですから』って言って私に渡した」
「天馬は『帝月の好きな鯖寿司を買ってくる』と言っていたっ」
「買ってくるだけじゃないかっ! お前が食べて良いとはいっとらんっ!」
「なにぃぃっっ!
 それなら菊理だって、言っていないだろ」
「だが私に渡したっ」

 ******

「ふわぁ。相変わらずおまえのおかあはんは大人気ないな
「…………言うな。頼むから」
「お兄様も、仲良く分けることは出来ないなんて、私が恥ずかしいです」

  二等分という発想がない二人。




* 真剣 *






 「あれ? これ……」
はらり、と日明大佐の懐から、一枚の写真が落ちたのを毒丸が取り上げた。
 さった蘭の顔色が変わる。
「み、見るな。返せ」
「毒丸、なになになになになに?」
「返してやれ。毒丸」
「とか言いながら、しっかり見るな。炎」
「……ぐっ。
 し、真、おまえこそなんだっ! 人の写真を見たがるとは卑しい奴め」
「俺は己の心に従う人間だ」
 ………………。

 バキ。グキ。ポキ。

「見るなと言っているだろう。ただの、昔の写真だ」

 ******

 「え? 何? 大佐って昔超美人で愛らしくて目が大きい?」
「しかも胸が大きくて、背が小さい?」
「接吻したくなるような林檎のほっぺ? ま、まじ?」

 ******

 「……大佐ぁ。最近不穏な噂が流れているんで一つ確認のために聞きたいんですが、大佐のいつも懐にしまっている写真って確か菊理姫の母上の……でしたよね?」
「教授。
 ……命が惜しければ黙ってろ」

  皆が真剣すぎると、なんか、もう、言い出せない。




* 呪術 *






 「おや、姫?
 指を怪我をしているようだが、大丈夫か?」
「……まあ、気づかれてしまいました?
 うふふ。
 大佐、私先日御本で異国の恋のオマジナイを知りましたのよ。毎晩毎晩、十二時に盥に水を汲んで、そこに指の血を一滴足らすのです。左手の小指から初めて、一晩一本ずつ右に移っていくんです。
 すると最後の指に来た夜に、水の上に将来の旦那様の顔が映るそうですぅ
「はははは。そうか。
 おまじないか」
「でも上手く映ると、旦那様は二十歳前に亡くなってしまうとか」
「あははははははははは。
 そうかそうかそうか」

 ******

 「全部だっ! 全部隠せっ。水が溜まるものは一切存在してはならぬっ」
「大佐、桶も盥もお碗も隠しました」
「つくばいからは水を抜きました」
「池の水も全部くみ出したっ。厠は全面封鎖しときやした」

  「おまじない」を変換すると、「お呪い」。菊理ちゃんはカミヨミだけに恐ろしい。




* 天上の華 *






 「坊ちゃん綺麗ですわぁ
 天上の華のように綺麗ですわ
「へえ。僕は、天上の華ごときか」
「いえいえいえ。
 天上天下のどんな華も坊ちゃんに敵いません」
「ほう。僕は華か? ええ?」
「同じ時代におったら、楊貴妃だって坊ちゃまの美貌に裸足で逃げ出しますぅ。
 天女だって坊ちゃんには太刀打ちできませんわ」
「ふん。天女ごときに勝ってもなぁ」

 ******

 「結局あいつ、何でもいいんだな……」
「天馬様、それは言ってはなりませんよ。
 所詮、瑠璃男ですから」

  天上の華なんか目じゃないっす。菊理は笑っているけれど、自分に何も言ってくれない許婚にやや半ギレ。女心を理解しないと死期が早まるよ、天馬。