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栄養剤、精神安定剤、素敵なものいっぱい。 毒丸の手には一つの薬瓶があった。 瓶はどこにでも売っているようなものだったが、中に入っているカプセルは見たことのないものだった。丸、と白いカプセルにでかでかと印字されている。 零武隊隊長、精神安定剤を常時処方しても心が安定したことのない鬼子母神(人間version)の日明蘭は、自分に処方される常備薬が薬包紙からそのカプセルに変わったときわざわざ教授の研究室まで出向いて、質問した。 「お前。お父上殿からの誕生日プレゼントを私に使うなよ」 「いやいやそういうのは全部捨ててますから。これは自分で作ったんですよ。三日三晩かかりましたが漸くできました。あ。全部手書きなんですから。超大作っていうんですかあはははは」 「ほほう。………… …………………… …………………… ………………仕事をせんかぁぁぁぁっ!」 そして殴った。 『大佐だけには言われたくない台詞だよな』と殴られたところを摩りながら蘭の後ろをついて行く姿を見て、初めて、教授が案外凄い人間であることを知った。あの攻撃の後、失神により医務室送りになる同僚は多い。 と。 そんなことをつらつらと思い出しながら、毒丸は瓶をポケットにしまいこんだ。 「ほい。確かに受け取りました。じゃ、気をつけてね」 炎はすぐとに行こうと背を返す後輩の肩を後ろからつかむ。おとと、とおどけた声を上げ、振り返った。 「待て。聞け。 いいか、基本的には毎日夕食後二時間後に二錠。気が昂ぶっておられるときは寝る前にも二錠ずつ処方しろ。一日六錠より多くは処方してはならん。もし六錠より多く飲まれたり、他の人間がこの薬を飲んだりしたらすぐに吐き薬を処方しろ。昏睡状態になってからでは遅い。 大佐はご自身の体については全く頓着されないからくれぐれも忘れるな。これがお前の最重要任務だと覚えとけ」 「あいあいさー。 ってかさ。もう慣れたよ。今回の遠征で俺に任されたのが三回目だもん」 「……お前はあの大佐を知らないから心配なのだ」 はあぁぁ、と大仰にため息をつく赤髪に、毒丸は不快そうな顔をした。こうやって先輩風を吹かれるのはあまり好きではない。ことに大佐に関しては。 「本当に他の隊員の命に関わるのだぞ、軽く見るな」 嫌な記憶を掘り起こしながら低い声で忠告して、とん、と肩に手をおく。 その間に、毒丸は手にある薬瓶をあけて、くんくんと鼻を鳴らした。いつもの薬に間違いない。仄かに蘭の香りを混ぜるのが教授の遊び心だ。 日明蘭大佐は一日中任務が続くような場合にはほぼ毎日この薬を飲む。そして、その管理は周囲の信頼の置ける部下の手に委ねられていた。 今日から零武隊の三手に別れての仕事になる。一つは北へ、もう一つは南、そして最後は居残り部隊だ。 炎や現朗が北へ選ばれ、真と激が南に選ばれた。教授は選ばれてもないのに真の部隊についていくと言い張り、本当に同じ汽車に乗っていってしまった。官舎に残されたのは蘭大佐と毒丸を始め数人の隊員だけだ。 二つの事件は古参たちに任せても大丈夫だろうと算段はついていたが、何かがあったらすぐ動けるようにするため、蘭を始め数人の隊員たちは今日から官舎に泊まりがけで過ごすことになっていた。 自分が不参加なので少しだけ彼女は機嫌は斜めに傾いていた。 「……つまらん」 夕食が終わり一仕事をしてから、毒丸が部屋に入ってきた途端蘭が言ったのはその一言だった。おそらく彼の手に薬瓶があったからだろう。事件の連絡があったのかと期待していたのだ。 薬瓶と湯飲みに入った水を持っているのでぺこりと変な挨拶をして執務室に入ってきた。 「はい。薬。なんか教授が甘くしといたから絶対飲めって。 大佐って苦い薬駄目なの?」 「…………薬は好きではない。味の問題ではないわ」 言いながら毒丸から受け取る。 相手が激ならば飲みたくないとごねてみるのだが、相手が年若いこの男となるとそういう揶揄も出来ない。二重の意味でつまらない。一見激のよう軽い調子なのだがこの男はどこか知れない闇を瞳の奥に隠している。 ―――いや、逆か。 と、彼女は訂正しながら瓶の蓋を回した。 激が特別なのだ。この零武隊に入れるほどの腕をもちながら、人殺しを生業にしながらも、あの人懐こさが失せないのが。純粋さが、無垢なところが、何をしても穢されない。彼がいるだけで周囲に笑みが絶えない。 「二錠っすよ」 「わかっている」 蘭は瓶を振って手に出し、多すぎる分を戻した。 丸。 銘打っているおかしな文字。 「……教授め」 忌々しそうに呟くと、にやついている毒丸と目が合った。目を鋭くするだけで、彼は慌てて顔を伏せる。 蘭は口に薬を含み、水を飲んですっかり嚥下した。 |
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