・・・  入隊式1  ・・・ 


 「聞いたか。ようやく今年はうちにも入るらしいぜ」
「へえ、この天下の零武隊にか。命知らずだなぁ。
 どれ、どんな奴だ?」
「女の子がいーなー」
「おいおい。これ以上大佐みたいなのが増えたら俺は逃げるぜ?」
四月初日。
 零武隊の休憩室は少し騒がしかった。毎年四月一日は、一応年度始めとして朝礼が九時に開かれる。そのとき、零武隊に新たに入ってくる兵士が紹介される。
 零武隊は人員選抜が厳しい上、軍隊でもあまり快く思われていない嫌われ者の集まりにあえて志願する軍人は少なく、また予算の関係からも滅多に新兵が来ない。ある程度補充されることもあったが、新兵の入隊式は三年前以来一回も行われていなかった。
 休憩室でくつろいでいる隊員たちの話題の的は当然新兵のことだった。
 八時四十五分。
 珈琲や紅茶を片手にしながら、和気藹々と盛り上がる。
「ってか、現朗ちゃんは聞いてないの? 見てないの?」
「……聞いてはいる。
 大佐が昨日言っていたからな。ただ軍に入隊と同時に零武隊に所属するとかで、詳しい資料がないのだ」

『えっ』

―――場の空気が凍てついた。
 明らかに快く思ってないという空気が、現朗にも読める。彼とて、実のところ面白くないのだ。
 この零武隊に、いきなり入ってくる。それが意味することはただ一つだ。
 相当な家柄か、または、相当な使い手か。
「入隊と同時に、零武隊だと? なめているのか」
炎が不機嫌そうに、皆の心情を代弁した。
 零武隊の隊員に求められるのは強さ、その一点だ。他の部隊の経験が無い者が零武隊にいきなりは入れるとは到底考えられない。
「ナニソレ。外人部隊とかそーゆー奴かな。
 エゲレス国の軍人さんとだったり」
にひひ、と毒丸が笑いながら言う。だがその瞳に浮かぶ色は真剣だ。
 殺人者の気迫を惜しむことなく散らして周囲の不快を煽る。
「もしくはお偉いさんのガキとかな。
 大佐が断れないよーな願いごと持ってくる奴がいたんじゃねえの?」
激が軽快な口調で火に油を注ぐ発言を飛ばした。その可能性もないわけではない。―――ただ、もしそうだとしたら、隊員たちが一番腹が立つタイプだ。
「なんにせよ。
 示しがつかんな」
ばきっ、と炎の手のカップが怒りに任せて破壊された。鉄男や他数人は静かに部屋の隅から布巾を取り出してすぐに掃除に取り掛かかるが、炎は動じた様子なくその場に佇んでいる。王の気を纏う男がするとその光景が当然に見えるから恐ろしい。
 「じゃーさー。
 ど? 入り乱れ稽古ってのは。午後から?」
不穏なざわめきが広がる中、毒丸の一際大きい声が響いた。全員が振り向く。と、青年はぼそりとばつが悪そうに付け足した。
「……俺、あれまじでびびったし」
五年前入隊した彼は、ここでは比較的新顔である。ある程度新人いびりにもあっているし、もちろん新人いびりにも参加している。
「面白そうだなー」
激があおる。他の隊員も、口々にそれはいい、それは面白い、と言い合った。
「……あ。でも俺、女の子だったらやーだーなー。こうみえてもジェントルメンなのよ」
「ありえねぇだろがっ」
炎は静かに立ち上がって零武隊の予定表に向かった。
 四月一日の午後の欄に書いてあった文字を、大きく罰をして書き加える。

 ―――道場稽古。

 ぱんぱん、と白墨の粉をふるった。
「おーい! 久々の新兵入隊式が始まるぜぇ」
廊下から、声が響く。
 全員わらわらと自分の得物を持って立ち上がった。
 現朗も当然、遅れてはなるまいと扉へ向かう。が、それよりも先に、鉄男が寄ってきた。
「……現朗殿。誰が入るとは聞いておらぬのか?」
少しだけ驚いたのだが、それを隠して静かに返答する。
「ええ」
無表情なはずの鉄男が、眉をひそめる。
「……なにか?」
「いや。零武隊にいきなり所属できるような、家柄も技量も十分な者……といったら、一人しかおらぬではないだろうか?」

 *****


 九時。
 桜舞い散る中庭に整列した隊員たちは、驚愕のあまり硬直した。
「……今年も気を引き締めて忠義を果たすように。以上だ。
 ああ、あと、今日付けで一人新兵が入る。……自己紹介を」
「はいっ」
 返事をして、後ろに控えていた彼は数歩前へ歩みでた。熟練軍人並みのきっちりとした敬礼をする少年の頬に、何枚もの花びらが散る。
 明るい声、くりっとした大きな双眸に年不相応に良い姿勢。誰もが見覚えのある―――

「日明天馬。
 本日より日本陸軍特秘機関零武隊へ入隊いたします!」

零武隊隊長日明大佐の息子、日明天馬だ。
「……なん……で……だよ」
つい、毒丸が驚きに負けて声に出してしまう。
 それは、緊迫の空気の中ではずいぶん大きい音だった。隊員たちの一糸乱れぬ整理された態度を壊してしまうほどに。誰もが軽く毒丸を見やってしまう。
 不穏な空気に流石の蘭も気になって、なんだと眉根をしかめて其方へ目をやる。
 誰もの目が集まったのに、一旦口をついて出た言葉は止まらない。

「天馬坊ちゃんがっ!
 新兵っ!?
 てゆーか、今まで零武隊はいってなかったのかっ!?
 じゃどうして今まで軍服着てたんだよっ!?
 あっ、まさか大佐が給料を使い込んで服がないからお古着てたとか―――」

 どげしっ!

 容赦ない蘭の蹴りが決まって毒丸が吹っ飛ぶ。いつの間に移動したのか、誰も読めなかった。青年と彼女の距離は軽く数十メートルはあったのに。天馬一人、ちょっとだけ驚いて怯えた表情をして固まっている。
 ……軍って、体罰いいんだっけ?
 と、実は母の身と母の収入を案じているのだが、そんなことは誰も気づきはしない。
「新年度早々……新記録だ」
忌々しそうにもう動かない躯に吐き捨てて。
「……その馬鹿に、あとで始末書を書いて持ってくるように伝えろ。
 解散っ」
桜舞い散る新兵の入隊式は、一人の負傷者を出して幕を閉じたのである。