14/1/2007 男の裸なんて見慣れているし、仕事がら腑分けにはいつも立ちあう。股間の形状なんて見飽きて別に驚くことも何もない。ましてや興味なんかも湧かない。 ―――だけど、だけど、だけど。 今からしようとすることを思うと、何故だか胸が高鳴って体が熱くなる。 自宅より長くいる執務室の机について、ふぅと大きく息を吐いた。廊下には人の気配はないし、今ここに人が来る予定がないことを三度確認して、再び息を付く。誰に対するわけでもなくキョロキョロと周囲を見回した。窓には冬の青空が只広がるばかりで、ここからも見られる危険は無いだろう。 早鐘のように打ち付ける心音を聞きながら左の小抽斗の二段目を開き、その裏板についている隠し扉の中から一冊の本を引き出した。今朝、隊の若い奴から取り上げた私品だ。 寮の中にあるのは幾分大目に見ているが、仕事場までは風紀を乱すようなモノは持ってきてはならないと彼に告げると、その男は顔を青くしたり白くしたりして頭を下げていた。お陰で殴りそびれてしまったがまあそれはいい。素直に反省する奴は殴らなくても次からはしないものだ。 『姫始め ――― 閨話特集 正月号特別編 付録付き』。 今まで、猥本なんて見たことも、手に取ったこともなかった。零武隊の奴らは案外風紀のほうはきちんとしていたので、こんなのを取り上げる必要も今まで無かった。書店で並んでいるのは知っていたが、こんな近くで見るのは初めてだ。 買えばいいとはいつも思っていたが――― 一度は、買ってみたいと思っていたが――― 婚約者たる日明の目がいつでも光っていると思うとなんとなく怖くて出来ないでいた。 これは事故だ。ただの事故だ、と自分に言い聞かせて、本を机の上に置く。 落ち着かない指先を伸ばしておそるおそるその端をつまんだ――― 「蘭さんっ!」 「蘭っっっ!」 「大佐ぁぁっっっ!」 三者三様の叫びを上げて、扉が開かれる。心臓が口から飛び出たかと思った。驚きのあまり飛び跳ねて思いっきり膝を机の下に打ち付けたが、今は痛がる時ではない。 三人の男がまっすぐ、一直線にこちらへ向かってきている。どれも見覚えのある顔で、どうやら何時も通り何かに怒っているらしい。慌てて本を引き出しに戻そうとするが、急いでいる所為で上手くいかない。仕方なく背中の後ろに入れた。その時丁度一人目が目の前に立っていた。 「なんです、軍部の新年会とはっ! 明日ではないですかっ。聞いてませんよっ」 現朗が一番に到着して、一番に音吐朗々と声を張り上げる。 「言ってないぞ。出席するつもりはないからな」 「それは困ります、新年会は強制参加ですよ。 陛下も出席される大切な儀式なのですから」 と、笑顔で迫力ある声で言ったのは日明中将、自分の、婚約者だ。 なんでこいつが……と思ったが、それを顔に出さず返答する。 「その日は都合が悪いと雄山元帥にお伝えした」 「ほう。しかし、元帥は許可されたのですかな?」 「……するだろう」 「それにまだ、元帥には伝わっていないようですね。 元帥府に来た足でこちらへ来たのですよ。雄山元帥もご立腹のようでしたが」 ちっと舌打ちして目を逸らす。わざわざ逆に質問して追い詰めるなんて、嫌な性格だと思う。黒木中将なら簡単に騙されてくれるのに。 横を向くと、その真横には警視総監がすっくと立っていた。気配を殺して、いつの間にか移動したらしい。僅かに驚いたが、すぐにいつもの調子を戻して睨みつけてやる。 「で? お前までなんだ」 「……あたしは単にお仕事の文句を言いに来ただけなんだけどー。 なんか言いそびれちゃったわね」 「じゃあ帰れ」 「まあ、それもいいんだけどねー。 でも、ここにきたら用件が出来ちゃって」 言いながら男の口角がつりあがる。嫌な予感がする。いくら待っても八俣は勿体つけて言う気配が無かったので、仕方なく、尋ねてやる。 「何だ?」 と。 八俣は徐に手を伸ばしてきた。迫ってくる、手袋に包まれた大きな掌。思わず首を反らす。その後ろに見える男の顔は、何かを確信したように笑っていた。 「何を背中に隠したのか気になっちゃたわ☆」 |