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零武隊同盟にある『ゼロマツリ作品』の『遊戯のコーナー』にある零遊戯と微妙にリンクしております。 「特別任務、ですか?」 給料袋を受け取った瞬間、その言葉は降って来た。一か月分の嬉しさに緩んでいた心に冷や水をかけられたようで、反射的に不機嫌な声で言い返してしまう。 しまった、と顔を上げたが、上官こと茶羅中尉は気にしていないようだった。 ……もっとも彼の本心に関しては、その表情から読み取ることは不可能だろうが。 俺の属する隊は、陸軍でも特殊な地位を持つ零武隊の秘密戦を担い、情報収集活動を主な任務とする。中でもその中心核である茶羅中尉は変装にかけては並ぶ者はおらず、その素顔は日明大佐以外知らないらしい。 不思議な者が集う零武隊の中で、もっともその得体が知れない。情報収集などに関する力がある程度あるだけに、余計にそう感じる。不気味、の一言が良く似合うと常々思う。 「ええ。 特別任務です。 今夜、お願いします」 笑顔の仮面をつけたまま、優しく伝える。 「わかりました。任務内容は?」 「いつもの、隊員調査の一環みたいなものです。その場にいて隊員の言動をチェックして下さい。会話内容の審査基準はレベル2程度、つまりまあ、零武隊の通常のモラルコードにひっかからなければ大丈夫です。 本当は私が行くべきなのですが、今日だけは他の潜入調査が入っているのでどうしても都合がつかなくて」 「了解しました。 それで、変装は?」 ふっ、と口元を緩ませる。 ゆらりと細められた目が開いた。 ぞくりと走る悪寒。 「必要ありませんよ」 ……まさか。 まさか、まさか、まさか! そ、その調査対象って――― 「ええっと、その、た、対象って……」 「貴方はそのまま私の振りをして下されば十分です。 ……振りといっても、普通に振舞っていてくださればそれで。 普段は私が貴方の振りを接していますからねぇ――― 士官クラスの方々には」 ばちん、とウインク。 そうなのだ。 この上官、普段は俺の顔をして官舎を歩き回っている。 お陰で根深い誤解を生んだり事件に巻き込まれたりとこちらは大っっっ変迷惑だ。 この前など、真少佐に腕を捕まれて馬に乗せられて見知らぬ地まで運ばれた。その震動に気を失ってしまい、目が覚めたときには日明大佐の面前にいたのだ。 「……茶羅じゃないぞ」 と気づいてもらえなかったら何をされていたのか。今でも思い出すだけでぞっとする。 「い、嫌ですっ! ……ではなくて、士官の方々の調査など新任の私では力不足ですからっ」 「了解しますと言ったでしょう。 あ、これ、今年の賞与の査定兼ねていますから。……辞退なさるんですか、本当に?」 鬼ぃぃぃぃぃぃぃ―――。 心で泣きながら絶叫しながらも、選択肢は一つしかない。給料だけ―――それだけ―――は良いという零武隊の賞与を、一体誰がどぶ捨てられよう。 「では、六時に第六研究室へ行って下さい。 ああ、それと、給料袋と中身も忘れないように。 お願いしますね」 ***** 扉を開いたそこは――― 「おせーじゃん」 「時間は厳守しろ、茶羅」 「そう叱るな現朗 案ずるな、まだ到着しておらん奴が居るぞ」 「…………」 ―――ああもう、帰りたい。 どうして零武隊の白服がこんなにも集まっているんだ! 五人中四人って! 八割って! 新兵の俺がどうにも出来る相手ではないだろうに、茶羅中尉も何を考えているんだっ。 こんなところでわざわざモラルコードの調査ってどんな意味があるんだか――― …………。 「どうした。 一本呑むか? 外国製の煙草が嫌いじゃなければ結構良いが」 「い、いえ。 真少佐……こ、このカードって。 もしや、ぜ、ぜ、零遊戯でございます……か?」 震える指でテーブルに無造作に置かれているカードを指すと、不思議そうに三白眼を瞬く上官。 それ以上声が出ない俺を見て、それから振り返って後ろでだらけている同僚たちを見て、再び真っ直ぐに俺に向き直った。 「何を言っている。 毎月のことだろう?」 零遊戯。 零武隊の特殊で伝統的なカードゲームの、訓練。 金を賭けた真剣勝負は命のやり取りと繋がるものがある―――という建前の下、精神を鍛える訓練として『隊員同士が自主的に行うこと』が認められている。勿論それはただの建前だし、ようは息抜きにちょこっと賭けを皆で楽しむというだけの話だ。 だが、零武隊には、実しやかな噂があった。 諜報員の俺でさえ、それは噂だと思っていた。 毎月、給料日のその夜、おっそろしく高レートの零遊戯が上層部の中で行われている、と。 ……ああ、あれ、やっぱり本当だったのか。 意識が遠のいていく俺の後ろで、がちゃり、と扉が開く音がした。 「ねいほー! 今夜は俺も混ぜてよー」 「毒丸っ!? どうしたんだよ、おめー、金ないだろうし。 ……それにこの零遊戯は、一応階級クラスじゃないと出来ないはずだぜ」 振り向けば、丁度毒丸の後ろから丸木戸教授が入ってきたところだ。自称零武隊のアイドルの男は、武器を片手に元気よく闊歩している。……その無駄なテンションが今ばかりは羨ましい。 悪魔の白衣は眼鏡をかけなおしつつ、にこりと微笑んで口を開いた。 「私の名義で参加してもらうんですよ。 ちょっと借金が返せそうにないので、実験体になってくれといったらゴネルんですよねー。だから、手軽に稼げる方法を教えてあげたんですけど」 すみません、今物凄いことが聞こえたんですけど。 「やだなー、教授。 直ぐ返すから怖いこと言わないでよ」 「てゆーか俺への借金も返せよ」 「ああん。激ちゃんも。 眉間に皺寄って怖いよぅ」 つんつん、と、激の頬を差しながら女性のように腰を振って媚を売る。 決して流してはいけないような言葉があったように感じるが、本人達と士官全員が何も言わないのならいいのだろう。なんか大きなものを失った気がしないでもないが、大人の階段を昇るには犠牲はつき物だ。そういうことだ。 ……それにしても、毒丸殿って凄いなぁ。 金借りるとしても教授だけは絶対御免だ。 ―――。 ―――って、そうだよ、俺も一般隊員だからこんな訓練関わらなくていいんじゃないのかっ!? 閃いた逃げ道に、表情を緩ませながら零武隊の良識担当へ振り向く。 「真殿、実は」 「待て。 ようやく最後が来たぞ。 お前は危ないから下がっていろ」 さっと差し出された手。 少佐の纏う空気が一変して、それに反応した体は反射的に防御体勢をとる。 部屋の中に緊張が漂い、毒丸は教授を背でかばう。教授は耳を塞ぐ。 ガチャリ、と再びノブが小さな音を立てる。 危ないって何が――― ドゴっ―――グシャっ 「……おい、扉が壊れているぞ」 前後開き方の扉を横に開いて粉砕させながら、その破壊神はゆっくりと入ってきた。 血の気が引くのが、自覚できる。 白服だけでも一杯一杯だというのに――― 「それはあんたが壊したのよ」 日明大佐……が、最後のメンバーだとは。 彼女の後ろから、太い腕がにゅっと入ってきてその体を絡めとる。抱かれた方は気にせず、足を止めて頬を膨らませながら振り返った。 「壊れていたぞ」 「後でちゃんと直しなさいよ」 「壊れていたといっておるだろうがっ!」 不貞腐れる白い軍人をあやす警視総監の横を通って、小柄な青年が入ってくる。 真っ直ぐな澄んだ瞳に、爽やかな笑顔。 不思議がる先輩達の下へ駆け寄って、深々と頭を下げながら遅れた非礼をわびる。 「初めての参加でしたのに、遅れてしまい、本当に申し訳御座いませんっ」 天馬殿が目の前で頭を下げたとき、まるで春の陽気が漂ってきた。日明大佐の登場に荒れていた精神が、一瞬にして平常心に戻るから不思議だ。 「い、いや、そんな」 「そーだよな、茶羅も遅刻だしな。 それに、今から始めるところだからいいんだけどよ。 なんで八俣っつあんがここに?」 「八俣さんが夕飯を食べようと誘って下さったのを断ったのですが―――」 天馬の言葉の途中、後ろの罵りあいが割って入った。 「だーかーらーっ。 何が不満なんだお前はっ。 ここまで連れてきてやったのだから、いいから帰れ。これから用があるといっただろうがっ」 「その態度よ。 天馬ちゃんもあんたもかなり痩せて見えるんだけど。 何、隠しているのかとっとと白状なさい。 ―――それとも、拷問得意なあたしに聞き出されたいのかしら?」 「黙らんかっ!」 完全にあしらわれている親を見て、天馬少年は大きく嘆息する。 そういえば、と現朗少佐が小さく呟いた。 「何故、天馬殿の大佐が零遊戯に? 初めてですよね」 自問自答とも思える呟きを、真少佐は拾って薄く笑う。 「機関車、の件であろう? 昨今の話なら」 「わぁぁぁぁぁっ、し、真殿っ、それは内密にっ」 駆け寄る天馬と日明大佐を押しのけて、警視総監が真少佐の目の前に立つ。その目、かなり本気だ。射すくめられているのが自分ではないのに、知らずうちに姿勢を正してしまう。 「……聞かせてちょーだい」 だが直撃をくらった真は、もとより変化の少ない顔を全く変化せず、淡々と答えた。後ろで物凄い顔をして日明大佐が睨んでいるのを、気づいていないわけではないのに。 「何、大したことはありません。 先日の遠征で機関車を使ったのだが、天馬殿と日明大佐が両側から同時に機関車の扉を開こうとして、壊してしまったのですよ。車両ごと。 その費用がなかなかのもので」 「そーいや、天馬、この頃寮の食堂でバイトしてるもんなー」 「……手伝ったら食事のあまりを頂けるので」 頬を赤らめて少年は告白する。正直、有名な武家とは思えないような台詞だが母親が日明大佐では仕方がない。 警官は大きく嘆息した後、くるりと振り返った。 「だから、物は丁寧に扱えとあれほどいっているだろうがっ」 「煩い煩い煩い煩いウルサぁぁ―――い!」 日明大佐はまるで子供の様に耳を両手で塞いでばたばたとする。 仕草は愛らしいが、その度に周りのものが壊れていくからちっとも可愛くない。……全然効き目ないんだなぁ。 慣れているのか、白服たちは日明大佐の傍にある机や椅子をどかして、零遊戯のセッティングをし始めた。 丸テーブルの中央にランプを灯し、部屋はさらに明るくなる。場所は決まっているのだろう、次々に座っていった。 各自が持つ白い給料袋。 刹那、警官の隻眼が光る。 「おい、これ、賭けじゃねえか」 威圧的な口調。 確かに賭けは賭けなだけに、言い訳の仕様はない。 やった、これで平穏にここから逃れられる。査定にも響かないっ。素敵です、総監っ!と心中拍手しつつ、展開を見守った。 場に緊張が走る。 が。 ついつい、と総監の裾を引張る者がいた。 「八俣さん。 これは、精神を鍛える訓練ですよ」 さも当然と天馬は微笑んでいった。 彼が笑うと花が飛ぶ。 ……いやまあ、訓練ですが確かに。 あの真っ直ぐな瞳は確かに問答無用の力がある、と俺も思う。しかも彼自身は本気で信じ込んでいるから性質が悪い。 だが流石は天下の警視総監だけあって、その笑顔に流されそうになるのをギリギリ堪えて、最後の抵抗を試みた。 「……金を賭けてゲームをしてりゃ、賭けっていうのよ天馬ちゃん」 「でも訓練の特質上給金を使わなければ本気が出せませんから、仕方がないそうです」 「そうだ。仕方がない」 「だーかーらーっ」 「あははは。このような特殊な自主訓練は初めてなので、緊張致します。正直、八俣さんが付いていただけると少し心強いです」 「……いや人の話を……。 って、待ってよ天馬ちゃん。初めてなの?」 てへへ、と天馬殿は恥ずかしそうに鼻の下を擦る。 「……まさか、お前もか? 蘭」 「うむ。 ちなみにルールは全く知らん。前任者のその前からあった訓練だからな」 「私も知りません。 では、いつもの通り、実践の中で覚えていきますか」 「そうだな」 親子は談笑しているが、横の警視総監が深い深い溜息をつく。 それはそうだろう、ルールも知らないド素人をこんな所にいれては良い鴨になるしかない。 しかも借金を背負って日々の食事すらままならない二人が金を巻き上げられては、今後可哀想な日々が待っていることは容易に想像がつく。数食抜いただけで心配になる保護者の彼が放っておけるはずはない。 「ったくぅぅ〜」 額を押さえて呻く総監に、現朗少佐は微笑んで釘を刺す。 「では、警視総監殿にそちらの二人の面倒を見るようお願い致しますよ」 その横で真少佐がカードを切り始めていた。いよいよゲームの始まりだ。 って、流れに乗せられている場合じゃないっっ。 「さーって、始めようぜ。 じゃ、いつもの通りのレートといつものルールで。 これ以上、待たされたら俺暴れちまいそうっ」 話を切り出そうとする俺の前に、激少佐が怖いことを口走る。予想外の言葉に横を向くと、その虚ろな目に殺気に似たものが漂っていた。背筋を冷たいものが走る。 その間に、黒髪の隣で腕を組む炎少佐が口を開いた。 「案ずるな、その前に俺が暴れよう。 この一月、この時間が訪れのをどれだけ待ったことか……」 え? ええ……っと。 炎少佐の赤い瞳は、きっちりと三白眼の男を捕らえていた。 「…………真、貴様に思い知らせてやることが漸く出来るようだ」 言って、不吉に微笑む口元。 背筋も凍るような顔に、出そうとしていた声が出なくなってしまう。 場に殺気が満ちた。 「ふふふ。 吼えたな、炎」 「それはお前だろう? この一月、お前に食事を奢ってもらうのがどれだけ屈辱的だったことかっ!」 この人たち一体いくら賭けてんだよっっっ!? 生活を削るな生活をっ。 心では絶叫するものの、体はぴくりとも動かない。テーブルにつく人々の目を見たとき、格の差というものをはっきりと感じ取った。 嗚呼、俺は勘違いをしていた。 零遊戯は、本当に訓練なのだ。 武人同士の命のやり取りなのだ。 茶羅中尉、一生貴方を恨みますっ! 「……カードは揃ったな。 では、始めようか」 |
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