・・・ 泣いた赤鬼 ・・・
6巻+39話等等銀狼館編全部
むかしむかし、奥の山のその又奥の奥に、小さな村がありました。その村は、海にも近く、山にも近く、月に三回市が立ち、小さいながらも豊かな村でした。
その村のすぐ傍に、大きな大きな洞穴がありました。
村人達は誰一人気付くことはなかったのですが、その穴の奥底の暗闇の中には、二人の鬼が住んでいました。
赤い鬼と青い鬼。
賑やかな人の声が大好きな赤い鬼は、洞穴の奥からずっと村の音を聞いておりました。
市が立つ日は、村から祭囃子が響きます。その音色を耳にすると、赤鬼は嬉しそうに穴の入り口まで這い出てきて、そして、見つからないようにずっと村の様子を眺めていたのでした。
青鬼は、赤鬼が出て行くときの後姿を見ていました。
そして、不思議でしょうがなかったのです。
鬼にとって、人は、食べ物でした。それも不味い食料でした。調理方法に失敗したり、長く置きすぎると、毒になりました。それに中る鬼も少なくありませんでした。
青鬼は人を食べて腹痛に襲われたことがあり、その経験があるから、食べたいとは思わなかったのです。
二人きりのときに、時折、赤鬼は村の様子を楽しそうに語りました。稲穂がなった。子どもが喧嘩をした。病人がよくなった。お祭があった。雪が降ったので村人たち全員で雪遊びをしていた。
何故赤鬼が笑顔を綻ばせながら手振り身振り全身を使って一生懸命語るのかは全くわからなかったのですが、彼が楽しいならば良いと、そう青鬼は思っていました。
しかし、悲しいことに、その楽しい時間にも終りが来たのでした。
青鬼と暮らす赤鬼が、日ごとに、面変わりしてきました。目が落ち窪み、隈が浮んできました。
どうしたのか、と青鬼が問うと、赤鬼は、なんでもないと答えました。
赤鬼の顔色がどんどん蒼褪めていきました。血の気がなくなり、憔悴してきました。
そして、ある日を境に、魚や土苔を食べなくなりました。
どうしたのか、と青鬼が問うと、赤鬼は、なんでもないと答えました。
その日から赤鬼は痩せていきました。肉が落ち、あばらが見え始め、くすんだ肌に太い血管が浮びあがりました。
そして、突然、水を飲むことも止めました。
どうしたのか、と青鬼が問うと、赤鬼は、なんでもないと答えました。
しかし今回ばかりは、青鬼も納得しませんでした。次の日、赤鬼の後を追って、洞窟の入り口までやってきました。
赤鬼は、ずっと村の方を見ていました。
村の人々が集まって賑々しく話す様子を見て、何度も何度も溜息を着いていたのでした。
それを見て青鬼はなんとなくわかりました。そしてその夜、青鬼は、赤鬼にある企てを話しました。
君がもし、村人たちと一緒に住みたいのならば、良い方法がある。
僕が村で暴れるから、君が退治するんだ。仲間であることを見せれば、きっと村人は君を怖がらないよ。怖がらないどころか、尊崇して、敬慕して、信頼してくれるよ。
『化け物』を退治するんだ、『仲間』になるために。
+ + + + +
食材が届いた日、四人の人が館に訪れた。
加治は生贄が増えたよと笑っていったが、どれも美味しそうではなかったので、正直不満だった。
肉は女の方が味が良い、それも子を孕む前のでっぷりと脂ののったのが最高だとあれだけ説明しているのに。人の味覚はよく判らないが、加治とはこの点だけはあわない。
だけど。
客人を迎え入れた部屋に、いきなり、空腹で正体を失った姉が入り込んできた。そして、その一人に抱きついて、いきなり求愛をした。
驚いた。
美味しくなさそうなのに、姉はアレが気に入ったのだ。天馬を。
正直、何故『人』に発情できるのか、母親と姉の趣味は理解できなかった。だが、姉は発情できるらしい。私はまだ幼いのかもしれない。
だが、まあ、どうでもいいことだ。
痩せていた姉が、笑った。年を経るごとに、自分の体を痛めつけることに執着していたあの姉が、食べることの一切を拒否していたあの姉が。
天馬に会った後は、食べ物を口に入れて、咀嚼して、飲み込んで、話して、笑っていた。
意識がはっきりしてきて姉は戸惑っていたけれど、でも遺伝子に刻まれた性への欲望が後押しして、天馬と一緒になるために生きたいと望んでくれた。だから、血も飲んでくれた。
ああ、そうか。
命懸けで守ってくれることを見せたら、きっと天馬は姉を怖がらなくなるだろう。怖がらないどころか、姉を愛してくれる。
ねえ、姉さん。
『私』を退治して、『天馬に愛される人』になるために。
だって、そうしたら、貴女は生きてくれるのでしょう?
笑ってくれるのでしょう?
……だったら、それ以上に幸せなことは、ないわ。
銀狼館編の個人的解釈。
言われる前に言っておきます、夢見すぎ。
泣いた赤鬼は自己犠牲&後付理由なので、だいたいどの漫画でもパロれるんですよね。
|