・・・ 子供化 ・・・
例によって例の如く大佐のネタです。そして例によって例の如く長いヨ…………(どうしてだろ)
今回は別に裏っぽくする必要はないんですが、一応反転しました。
この後は二つの分かれ道があるのですが、両方載せたいと思っています。
「お帰りなさいませ。
あ……。日明殿」
八俣警視総官が真っ昼間に帰宅。お手伝いの嵐さんは驚きながらやってくると、そこには真っ白な軍服を来た髪の長い軍人が旦那様の背に隠れるようにして立っています。(ええっと、八俣家お手伝いさんの嵐さんが登場です。この妄想内では日明シリーズと嵐さんシリーズを被らせて話をすすめていきます)
その警戒心に満ち満ちた目に、いつもの鋭さがなくて嵐は困惑した表情を浮かべます。八俣は八俣でどのように説明すれば良いのか迷い、とりあえず。
「ただいま。
ええと、まだ仕事中なんだけれど、夕方には戻るわ。ちょっとこの子を預かって頂戴」
と、言葉を濁して蘭を差し出します。
警官から離れるのがちょっと怖い彼女は何度も八俣の顔を見上げて不安そうなまなざしを向けるのですが、八俣は『大丈夫よ』と宥めて家にあげるのです。
嵐も嵐で、どことなく雰囲気の違う日明隊長、しかもあえて警視総官が『この子』と言ったところから何かがあったと察します。まるで初対面のように深々とお辞儀をして蘭を家に迎え入れるのです。
「今、丁度お茶が入りましたから、一服していきませんか?
旦那様」
説明をしてくれ、と言外に秘めて主も家に上げようとしますが、八俣は首を降ります。そろそろ警視庁に戻らないと時間的にやばいからです。
「……蘭ちゃん。
悪いけれど、夕方には必ず戻ってくるから、ここで大人しく待っていてくれるかしら。
このお姉さんにすべて任せれば、なんでもしてくれるわよ」
「……おうち、帰れないの……?」
「うん。ちょっと貴女の家が大変なことになっているの。だから貴女を保護するよう、命令がきたのよ。
軍人さんたちはちょっと手荒で本当に御免なさいね」
「父上と、母上は……?」
「お二人とも大丈夫よ。もう少ししたら会えるから、お願い、待っていて」
作った言い訳を蘭と嵐の二人に言い聞かせるようにゆっくりと語ります。
嵐は了解とばかりに目で合図。蘭も始めのうちは行かないでほしいと服の裾を握っていますが、最後にはこくこくと頷き、手を離してそのまま俯いています。顔の表情はとても暗く、こりゃ相当まずいなと八雲さんは内心こっそり溜め息をつくのです。
まあ確かに、六歳の子供が大きな男に囲まれて寄ってたかって責められればパニックなってもしかたありません。普段の蘭ならば一刀両断でねじ伏せることもできるのですが、聞けばその時は変な薬を入れられて理性がかなり曖昧になってたとのこと。どれだけ精神に影響があったのか計り知れません。
あの場に何故日明がいたのかとか、どうしてそんな状況になったのか気になったのですが、その説明は絶対させてやろうと心に決めて顔をあげると、二人の女性は沈黙したままじっと見合っています。
「悪いけど、部屋にある本とってきてくれる? 一番上にのっている緑の背表紙がついているやつ」
「あ。はい」
蘭にどうやって声をかけようかと悩んでいる自分のお手伝いさんに、八俣はそうお願いをして立ち去らせる。一人になった蘭は嵐の後姿をじっと見つめている。どういう女性か気になっているのでしょう。八俣はそんな彼女に『嵐っていうのよ、あなたと同じ名前』と囁くと、ぱちくりと瞬いて興味津々とばかりに聞き始めます。
嵐が部屋から取ってくると、何を話したのか蘭は少しだけ明るい顔になってこちらを見ています。三和土に下りて警視総官に手渡そうとすると、彼はそのまま受け取らないで玄関から出て行ってしまいます。そして、門のところで足を止める。
蘭は家の中。
二人の会話が家から聞き取れない距離なって、ようやく八俣は口を開きます。
「……ええと。何から言えばいいのかちょっとわからないんだけど、今、彼女、六歳の頃に記憶が戻ったみたいなの」
「成程。そうですか」
とんでもない状況を聞かされても、彼女はすんなりと納得します。特に説明を求めないし、逆に何をすればいいのかと聞いたりもしません。この聡いところが八俣が好きなのです。
「本当に、狙われているのですか?」
さっきの言い訳が方便かどうかと尋ねます。七割方嘘だろうとはわかっていても、気は抜けません。蘭と八俣が命を狙われる危険な要職についていることは(そして彼等も恨まれるだけのかなりのことをしている)、この少女も良く知っているのです。
「それはないわ」
と、主はあっさり首を振ります。
どうやら何等かの敵の所為でこうなったのではないと知って、嵐はほっと胸を撫で下ろします。と同時に、じゃあ夕飯の買い物も一緒に行けるなという算段をします。
すべての情報交換が終り、八俣もようやく安心して仕事場に迎えます。
嵐は本を手渡して、お気をつけて、といつものように見送ります。
ふと。その時、彼女の頭に疑問が過ります。
「日明中将にはもうお話しているのですよね?」
実は一度も顔を合わせたことはないのですが、主と蘭の会話にしょっちゅう出てくるという蘭の夫。奥方のこととなると目の色を変えて暴走し血の雨を降らすとか降らさないとか死屍累々とした夜闇の中をやって来るとかやって来ないとか、とにかく伝説の多い人。その人がこの状況を聞いたら一番に飛んできそうだな、と思ったのです。
「……………あいつが原因らしいんだ」
八雲は何故か眉根を寄せながらぼやきます。男の気がすっと二度程さがったような険悪な雰囲気です。何が怒りのポイントなのか分かりませんが、どうやらひどく腹の立つことがあるらしい。何かあるんですかなどと言えば、一から百まで言って聞かせるくらいのことをしかねない様子。
「へえ、そうですか、では行ってらっしゃいませ」
と、賢しい少女は敢えて訳の分からない様子を装ってとっとと主人を送り出すのでした。
家に戻ると、蘭は玄関の壁に寄り掛かって待っています。
「……お前、女なのに剣が出来るんだってな」
はにかむように顎を引きながら、上目遣いで尋ねてきます。
言葉遣いは生意気なものの、どうやら一緒にやりたくてしょうがないようです。
いつもは姉貴分のような蘭がなんだか可愛いなぁとこっそり思います。
「ええ。
後でやりましょうか。木刀なら二本あるし」
やるやる、と声をあげます。道場に入ってすぐの頃は、危ないのと女の子らしくないという理由で、木刀を振り回すのは家で禁止だったとか。
「でもその前におやつにしましょう。
お汁粉は好き?」
「うん。大好きっ」
「じゃあちょっと手伝って。今作り途中なんですよ。
といってもすぐに出来ますから」
二人は台所へ行き、お汁粉の味を調えます。
嵐の回りをぐるぐる走りながら、表情をころころと変えて必死に話してきます。こうして、八俣の心配をよそに、案外あっさりと二人は仲良しになるのです。
稽古が終わって、夕方、買い物へ。
『旦那様が何買っても良いとおっしゃったので美味しいものを食べましょう』というと、蘭も燥いでお肉がいいお肉がいいと連呼します。
ですが、少し人通りが多いところへ歩くと、急に蘭の顔色が悪くなる。徒ならぬ様子にすぐに嵐も気付きます。
「……どうしたの。
大丈夫」
声を掛けると、ふるふると弱々しく首を横に振るばかり。何も言わず、でもとてもつらそうにしています。
と。そこに、
「嵐ちゃんっ。いいお肉が入ってるよ!
どうだい今日は?」
顔馴染みの鳥肉屋の店主からの掛け声が聞こえてくると、びくんと彼女の体が痙攣するように震え出します。
実は。蘭さんは、昼間の薬で朦朧している最中に零武隊に襲われたのがしっかりトラウマとなって根付いていて、男の人を見ると本能的に恐怖で体が竦んでしまう状態なのです。大人の男を見るとそれだけで怖くなって、歯の根もあわなくなります。
なんだか只ごとじゃない、と察した嵐は動かなくなった彼女の手を無理やり引っ張って家に連れて帰る。
家に戻ってきた蘭は、暗く沈んだ表情になってぼんやりしています。話しかけても上の空なので、仕方なく嵐は夕飯の料理を始めます。ありあわせの材料で嵐が作っている間中、ずっと台所から動きません。嵐の後をつかず離れずの位置で待っているのです。
料理が出来上がり、椀によそって居間で警視総官の帰りを待ちます。そうすると次第に表情が戻ってきて、蘭は美味しそうな料理をじっと見ながら腹をぐうぐう鳴らしています。普段の彼女なら勝手につまみ食いをするのですが、嵐に叱られたくなくて(六歳だから)一生懸命我慢しています。
「……おなかすいたぁ」
と、時折。非難めいた声をあげて急かします。
「後五分待ちましょうね」
「……五分……?」
「一緒に数えましょう。三百だけど、出来るかしら?」
そうやって挑発されると、あっさりそれに乗ってしまう幼子の可愛らしさ。
「出来るもんっ」
いーち、にー、さん……と数え始める。
百四十二のところで、がらりと大きな音が玄関から響きます。二人はにっと微笑んで一緒にそちらの方へ走っていきます。
二人が仲良くなったのを見てほっとしながら八雲は家に上がり、そして三人仲良く食事をするのでした。
真夜中。
「………」
人の気配を感じて嵐が目を覚ますと、廊下になにかいます。
大方の予想をつけて襖を開けると、枕を抱えながら廊下の壁に寄りかかっている女性。何度も何度も寝ようとしたのですが、昼間の怖い経験が夢になって襲ってきて眠ることができません。気付けば嵐の部屋まで走ってきたのですが、勝手に入っちゃまずいと思って入れないでいたのです。
暗い廊下で一人でいると急にホームシックにかかってしまい、涙が次から次へと零れ始めます。
「あの……あの……」
嵐の顔を見て、何か言おうとしても言葉にならない。そこへ、一本の手が伸びてくる。
「ねえ、蘭ちゃん。
今、怖い夢を見たの。一緒に寝てくれる?」
と、誘われると、蘭は嬉しさと寂しさとでひしっとしがみつく。
こうして二人一緒に寝る習慣の確立です。
ええと。
こうやって八俣家にすっかり馴染みます。特に嵐さんとは凄い仲良しになって、まるで親鳥の後姿を追いかけるひよこの様に、ずっと後から必ず着いてくるのです。
「嫌だ」
「駄目です」
「お豆腐嫌いだもん」
「嫌いでも食べるんです」
お豆腐が残っているのお皿を前にして、二人の攻防が繰り広げられます。蘭はふてくされて嫌々と首を横に振りますが、そんなことでは嵐さんは納得しません。
こんな愛らしい様子は日常茶飯事。
気づけば頬が緩んでしまいそうになるのを堪えて、八雲はなんともいえない気分で見つめています。
日明中将はマメに連絡を取り合っているのですが『もうちょっと細工が揃ってから迎えに行くよ』とわけのわからない言葉で返されるし、零武隊の隊員たちも仕事は持ってきても隊長のことについては一切触れません。
実は軍隊内部では日明大佐を強制引退しようという動きが盛んで零武隊は身動きできない状態なのです。現朗は勿論、零武隊エリート内で頭が一番悪い(推定)の激ですら駆り出されて参謀本部で言い訳をしています。
元帥もなんとかしようとするのですが、実際日明大佐が出てこないのでうまく納得させることはできません。日明中将の謀略だとわかっていても、彼も無駄に人脈と人望があるので迂闊に手出しができないのです。
―――また別の所では、別の話が進んでいます。
それはある飲み屋での会話。
めっちゃ人相の悪い男が二人、飲み屋の奥でずっと酒をつつきあっているのです。
「ねえ知っていますか? あの警視総官の所に、おかしな女がいるんですよ」
「女?」
「ええ……。髪の長い女でね。ある日べったりと連れ添って歩いているのを若い奴が見たんですよ」
実はこの二人、警視総官に恨みがある帝都の悪人どもの頭なのです。
「若い女。……あのお手伝いか? あれは強いぞ本気で」
「いいぇ。
なんか『らん』とか呼ばれているんですけどね」
「らん……?
それはもしかしたら―――あいつの許嫁じゃないのかっ!?
ランという名の女に惚れ込んでいるって、俺も聞いたことがある」
二人はぼそぼそと低い声で会話しながら情報交換しているうちに、新しいその情報はとんでもなく重要であることに気付きます。
酒を飲みながら、互いの目がキラリと光る。これは、良い機会だ。八俣に酷い目に合わせてやろう、そして復讐してやろう。
こうして八俣復讐大作戦が完成します。
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