・・・  部下的裏切之結果  ・・・ 


 例の搾乳のお話の後日談について、メール&凄いお話を頂ました。
 以下、殆どかし様の妄想に便乗させていただきました。
 本当にありがとうございました。

 色々大人向けになってしまったので、
 太っ腹な心で読んで頂ければ幸いです。

 
 *****

 ええと。かし様の方が私よりも二段上くらいで中将の悪人特性をつかんでおられて、
「中将ならあの搾乳後の場合
 よーし☆ この機会に零武隊から蘭さんを辞めさせてしまえ
 くらいのネタを仕掛けるんじゃないでしょうか」
と。

 ↓(すなわち)

「あーあ。丸木戸君相手に取られるなんて、駄目だなぁ。
 お金の力は凄いねぇ。
 …………結構かかったけど、良い種が植られた」
ぼやきながら、日明は倉庫の入り口に手をかけた。彼は、今、自制しなければ鼻歌でも歌いだしてしまいそうになるほどの上機嫌だった。己の最も愛している者が、現在、まんまと仕掛けた罠に嵌りこんでいるのだ。これ以上楽しいことがあるだろうか。
 手には十本くらいの古い鍵の束が握られていた。
 天井から床まで光一つない世界を、躊躇することなくいつもの速度で歩く。明かりは必要ない、というのも、物の配置は全て把握しているのだ。
 奥へ行けば行くほど、ひんやりとした空気の中に混じる黴の香りが強くなってくる。数年放置されたままの箱の上をよじ登り、さらに奥へと進んだ。
 一見、日明家の蔵は家に隣接した石倉のように見える。
 しかし実は、その蔵は入り口に過ぎず、地下にはさらに巨大な空間が広がっていた。
 家隷たちはその存在を知らなかった。妻である蘭は地下通路の存在は知っていたが、夫と一緒でない限りはそこへ来ることは出来なかった。何度か挑戦はしたが、古い鍵なのに開けることができず、逆に忍び込んだことがバレて日明にたっぷり叱られた。つまりその蔵は、代々日明家の家長しか入ることができず、家長たちの宝が納められていたのである。
 二つ梯子を下りて、もはや日の光は一切届かない世界までたどり着く。湿気とそれ以外のもので空気は異常に重い。だが、彼にはもう慣れた状態で、そんなことはかけらも気にとめず、鍵を使い次々に重い扉を開いていく。
 ある部屋で五十cm四方の箱を手にとり、さらに進む。
 目的の場所まで来ると、それを台にして最上部に置かれた箱をゆっくりと下ろした。この台に乗ったとしても、妻には決して届かな位置にある箱。彼女だけには絶対に知られてはならない存在だ。埃を被ったそれはかなりの重さがあり、ぎしぎりと台が悲鳴を上げた。
 無事に下ろすことができ、その台に腰を掛けて箱の埃を払う。口元を僅かに綻ばせながら、蓋を開いた。
 ―――仮にその場に奥方がいたならば、顔を真っ赤にして慌てふためいて泣き出していただろう。そこには、縄やら蝋燭やら張り型やら、大人の玩具が所狭しと並んでいたのだ。
「早く芽をふいてくれないかなぁ……。
 これで蘭さんが部下に襲われているところを取り押さえれば、零武隊からは辞めさせられるし、あの生意気な奴等を好きなだけ殴られるし―――」
几帳面な彼に相応しく、いつでも使用できるようきっちりと手入れをされている。
 本当は夫婦生活のためと購入していたのだが、結婚直後に使い、その手に一切慣れていなかった蘭が心理的外傷になってしまい封印されていたのだ。ゆっくり愛を育てるつもりだった日明は、その失敗は悔いても悔やみきれない。純真無垢に育てた結果が裏目に出てしまった。
 だが、全く使わないというわけでもなく(捨てるにはあまりにも忍びなかった)、彼女に躾ける時は容赦問答遠慮なく使う。
「―――またこれが使えるし。
 一石三鳥だねぇ」
低く陰湿な笑い声はすべて暗闇に吸われ、地上で日を浴びている妻は知る由もなかった。


 零武隊では、必死の攻防が続いていた。
 帝都も平和過ぎるほど平和で、表面上は穏やかな状態だった。見回り、稽古、武器の手入れと通常業務を繰り返すだけで時間が過ぎていく。相変わらず家計は火の車だったが、教授の予算のあまりを回してくれたおかげで最低限度の基準をぎりぎり超えた生活は保障されたのである。
 もっとも。
 ―――それで、零武隊の隊員たちが納得することはなかった。
 なぜなら、また事件が一つおきれば、その交通費を捻出することすらできないのだ。いつまたあの爪に火をともすような貧乏生活に戻るか知れたものではない。
 目下零武隊で一番必要なのは金銭だった。
 そして、それは目の前にぶら下がっているのだ。
「タイサー。新しい制服の採寸に来ましたー」
と宣いながら胸を触ろうとする激を裏拳で殴り倒し、
「お茶が入りました」
と例の薬たっぷり入った湯のみを平然と差し出してくる現朗の頭に持ってきたお茶をぶっかけ、
「大人しく搾られるがいいっ!
 日明大佐っ」
と正攻法で正面切って襲い掛かってきた炎とその部下たちを、まるでバットに吸い付くようにして打たれるホームランボールのごとく景気良く刀の鞘で投げ飛ばした。
 蘭は自分の口にいれる全てのものに注意を払った。吹き矢や毒にも気をつけた。
 水道の蛇口からもれる水ですら絶対に口をつけない。零武隊研究所ではそういう類の仕掛けはある。
「おい、真はいるかっ!」
イラついた調子で蘭は真の部隊の部屋へきた。報告書が届いていないと、文句を言いにきたのだ。勿論、たまった鬱憤を晴らしてやろうという下心もあるが。
 戸を開けると、そこには誰もいない。
 ―――が、蘭は驚愕の余り身が完全に硬直してしまった。
 入ってきたすぐその目の前の机の上。

 温泉饅頭の箱が山高く積み上げられていたのだ!

 このところ、間食は一切していない。ぐう、と正直な体は饅頭を見ただけで欲望を訴えてきた。
 一瞬周囲を注意深く見渡し、人が居ないことを確認する。
「……隊長だって、土産を貰っても……いいよな」
誰にするわけでもなく、言い訳をぼやきながら箱のひとつを恐る恐る手に取った。
 箱は、紐で閉じられているだけ簡単に開く。
 蘭は机の上の箱の数をさっと勘定した。八箱。数が悪い。と、わけのわからない言い訳を考えながらするする紐を解いて、ぱくりと一つ口に入れた。
 甘い。
 そして、旨い。
 気づけば次々に口にいれて、一箱完全に食いきってしまった。
「七箱、だから……。
 二箱食えば……ちょうどいいかもな」
蘭は少し惜しがるように、山積みになっているそれを見た。さすがに三箱食ったのがバレタラいくら温厚な真とはいえ怒り出しそうな気がする。
 風が入って、カーテンが揺れた。
「……うっ」
強烈な眩しさを感じて、口から小さな悲鳴が漏れる。
 ―――なんだ?
 彼女は己の体に、違和感を感じた。
 その瞬間だった。

『日明大佐ぁ、覚悟ぉぉぉぉぉっっ!』

扉、全ての窓からわらわらと人が入りこむ。その大音響と眩しさで、蘭は刀を抜くほどの余裕がない。体術のみでなんとかかわして、部屋の隅へ逃げた。

 薬を、また盛られた……っ!?

 上がりすぎる動悸を無理やり抑えようとするが、体は意思を無視して興奮する。神経は過敏になり、全ての感覚はあまりに敏感だ。視界は眩しくて殆ど外は見えないし、音は煩過ぎてどこから聞こえてくるのかわからない。感覚から伝わってくる多すぎる情報量は、脳の処理能力は完全超える。
 自分が壁にたどり着いたと知ると、蘭は一刀で道を作り出して逃げ出した。
 真は部下を指揮して、彼女の後を追いつめる。
 体は小刻みに震え、知らずうちに涙がこぼれていた。それもまた、薬のせいだった。丸木戸が使った薬を、日明中将は少し改良を加えて零武隊の隊員全員に配っていたのだ。
 獣のように、狂ったように蘭は刀を振る。
 並みの人間には近づくことすら敵わないが、並ではない男が集まる零武隊では、彼女が追い詰められているのは直ぐにわかった。彼らは決定打を仕掛けず、弄ぶように蘭に攻撃を加えては逃げ去るのを繰り返した。動けば動く分だけ、薬の吸収は早くなる。
 彼女は逃げているつもりだったが、実は、誘導されていた。
 『謀られたっ!』と気づいたのは、地下室の扉が閉まったときだった。
 地下といえどもかなりの広さがあるそこは、部下全員が待っていた。上官が駆け込んでくると、彼らは周囲を取り囲んだ。毒丸は鞭を振り、彼女の手から得物を奪う。刀を奪われても、彼女から闘気は失せない。
「畜っ生……貴様ら……
 来るなぁ……来るなああぁあっ!」
目を瞑ったまま、腕を振る。髪は乱れ散る。
 白服を身に着けた男たちは、戸口に立ってもしもの場合に備える。
 何本もの腕が彼女に迫った。幾人かは投げ飛ばされたが、数の多さには勝てず、床に叩きつけられた。
 場は完全に興奮状態だった。卑猥な野次が飛び交う。高慢で、横暴で―――だが、決して俗なものに汚されることない崇高な―――日明大佐。それを追い詰めていると思うだけで、気が昂ぶり感情を抑えられなくなってくる。
 激や現朗は、遠くから楽天的に高みの見物を決め込んでいた。彼女の所為で赤貧状態になったのだから、いくらかは痛い目を見て止めてもらわなければならない。服を脱がしにかかっている隊員たちは少しやり過ぎのような気もしたが、まあこんなこともあっていいだろう。
 搾乳が終われば、美味しい料理と酒という宴会が待っている。
 その味を思い浮かべながら、激は彼らを見た。
 彼らは、知らなかった。
 ―――あの薬は、日明中将によって改良されていたのだ。
 母乳を出させるようにすることは勿論、感覚を鋭敏にし、さらに、理性が弱まる機能が加えられている。
 両手を床に縫い付けられる状態で、上着を脱がされる。
 シャツ一枚。
 ―――たった、一枚。

 苦しい。痛い。嫌だ。怖い。怖い、怖いっ。―――助けて。

 蘭の頭の中の混乱は最絶頂に達し、獣のような咆哮が、ホールに響いた。
 
 突然、悲鳴の質が変わり、誰もが違和感を覚える。彼女を抑え付けていた隊員たちは、どうしていいのかわからず身を引いた。
 日明大佐は、自分以外を決して信じない。
 己を信じているし、他人を信用していない。
 だから、誰かに助けを求めることなどありえない。
 というのに、先ほどから助けて助けてという声が聞こえる。弱弱しい女性の声が確かに聞こえるのだ。
「……けて。助けてぇ。
 ひっく………………助けてぇ」
男たちが取り囲む中、驚くべきことに、あの上官が膝を抱えて丸くなって泣き始めた。

 ↓

 す、すみません技術が足りなくて……。
 こんな感じで、大佐は薬のショックで子供に戻ってしまいます。
 泣きじゃくる蘭に、隠れて見守っていた(本人談)日明も思わず出てきてしまいます。が、彼が日明中将だと全然わからず泣き止まない。
「日明ぃ……ひあきぃ」
と必死に兄弟子に助けを呼んでいます。
 それは嬉いのですが、わかってくれないことは辛い。
 その場をどうすることも出来ず、仕方なく、日明中将は幼馴染の八俣と丸木戸教授を呼ぶ。

「丸木戸君、久しぶりだね☆」
「ぎゃあぁぁぁぁ―――っ!
 な、な、な、なんですかっ。何もしてませんよっ! 何もしてませんからね」
しっかりトラウマ気味の教授。
 丸木戸は遠巻きに診察して、首をひねる。例の乳薬(笑)はこんな効能はないはず…と、そこに日明が自分が追加した成分をこっそり告白します。
「いや蘭さんは素直にならないと思って、ちょっと追加してみたんだけど」
教授はたらりと冷や汗をかきながら、
「それって、結構まずいんじゃないですか」
と嫌な診察結果を出します。

 そして昼ごろ、ようやく警視総監の到着です。警視庁の昼休みに嫌々やって来た八俣は、すぐに地下室へ案内される。確かにおかしな様子だなと思いながら、しゃがんで蘭の顔を覗き込みます。周りの大人が怖くて、大佐は泣き止んでも体育座りのままぴくりとも動かなかったのですが、彼が来るとおずおずと顔をあげる。
 水色の髪。
 兄弟子の一人と、同じ髪。
「……お前、八雲の、知り合い?」
蘭から声をかけてきたので、安心させるような笑みを浮かべて頷き返してやる。
「ええ。親戚よ。
 ―――貴女は、八雲の知り合いなの?」
「同じ……道場」
「そうなの。一応警官だから、そう怯えないで。安心していいのよ」
と言われると、わっと蘭は駆け寄ります。
 周囲の男性たちは怖くて怖くて、ずっと縮こまっていたのです。漸く信頼できる場所を見つけて、もう藁でも縋る思いです。
「帰るぅ。
 おうちに帰るのぉぉ」
厚い胸板に涙でぐちゃぐちゃにぬれた頬を擦り付けて騒ぎます。
 何をした、と批判的な目を日明に向けると、たはははと頭を掻いて誤魔化す。
「……家、どうすんだよ」
「実家に連れて行くわけにはいかないだろ。勿論、我が家だよ」
日明は言いながら、八俣の横に膝を折って彼女と目線を合わせて手を差し出します。
 が、八俣の腕の中にいた蘭は、噛付かんばかりに威嚇する。
 彼女の脳内では軍服は完全に敵としてインプットされているのです。
「………………無理だな」
と、誰が見てもわかることを八俣がいうと、
 がくっと日明は肩を落としてその場で座りこむ。
 たとえ記憶がなくても、蘭さんに拒否されると凹むなぁ……。
 と自分が悪いくせにそんなことを思います。
「預かってくれる?」
「言葉遣いが違うなぁ」
「………………預かって下さい」

 と。いうわけで子供化!
 すみません……子供化ですっ!