・・・ 中将吃驚 3巻 − 157頁より ・・・
「ところで 廊下ですれ違った零武隊の少年とすれ違ったのですが、ひょっとして日明大佐のご自慢のご子息――」
と、三浦が言いかけたとき、鋭い視線が二人の男を穿った。
心臓が弱いものならばそれだけで死んでしまいそうな視線。
見れば、頭に低気圧を背負いながら、剣呑な目で睨む鬼子母神がいつのまにか降臨している。
(うおっ…
なんか地雷踏んじゃった!!??)
半歩身を引き、冷や汗をたらしながら山本の顔を見ると、彼も同じような表情をしてこちらを見つめていた。
そんなに、悪い少年ではなかったように思うが……
誰かが何かすればその瞬間とんでもないことが起こってしまいそうな嫌な緊張が部屋に充満する。
生唾を飲み、まず口を開いたのは山本だった。
「ま、まあ日明大佐。
明るくていい子ではないか。おぬしによく似ている」
無骨な男はその顔とは対照的に流暢にそう言った。実は案外彼は軍の中で愛妻家で通っており、妻との付き合いから近所付合いのつぼは心得ているのだ。
その一言に、ナイス!と心で拍手を送りながら三浦も口を開く。
「そーですよ。
子供はあのくらい元気なほうがいいですって。和気藹々としていて。大の大人にも物怖じしない態度はさすが大佐のご子息って感じですよ。
まあ……あはは……弁が立つところなんかそっくりですね」
そうさらっといわれて、蘭はなんともいえない表情になった。
よし。救われたっ!
息子のことを言われるのは歯がゆい気持ちがするが、悪くはない。
褒めてもらえるならそれは親として少しはうれしい。
だがそれでも。面と向かって言われると恥ずかしいのだ。
そうか……口が悪いのか。それは知らなかった。親の背中を見て育つというが、あいつも知らぬ間に成長しているものよ。
とついつい自分の考えに入ってしまう。
「われら二人をオッサン呼ばわりするとはなかなか見上げた根性だ」
内気かと思っていたが、よく言うじゃないか。
「だが身のこなしは素早かったですね〜」
「前を見てなくて危なかしかったが、まあ一人抱えながらあの速さで動ければ上出来だ」
そうだろう、そうだろう。まあ私の子だしな。
「まあ大佐に似ていい顔してますよ」
「将来が楽しみだ。
泣き黒子が可愛いし」
……え?
その山本の一言で、彼女の思考が止まった。
「ちょっと待て。お前ら、誰のことを言っている?」
「え? 天馬君ですよ」
「つり目の、泣き黒子のある。
おぬしにそっくりではないか」
「…………………………………………」
*******
「もー。中将たちのせいでまた大佐が篭っちゃったじゃんっ。
仕事も申請書も大量に残ってんのに、どーしてくれんのさっ」
脇に手を置き、ぷりぷりと怒りながら、毒丸は目を点にさせている二人の上官たちに文句を言った。
あの後、いきなり蘭が『おまえらなんか帰れ―――っ』と半泣きで暴れだしたので、中将らは他の隊員に助けられながら休憩室まで連れて来られたのだ。
「口を慎め毒丸。
だいたい、日明大佐のご子息が天馬殿だなんて、誰が見てもわからぬものだ。お前だってそうだっただろう?」
「あの大佐からあんな性格の良い子が発生するなんて信じられないじゃん。
ヘンデルの法則を完全に無視しているよー」
「……メンデルだ」
黒髪の三白眼の隊員は茶を入れながら座る二人に差し出す。
「……まさか、その、カミヨミの子ではないとすると、あの首筋を掴まれながら引きずられてしかも我々に非常に礼儀正しい、目がキラキラと輝いていた清純そうな少年が……そ、その、天馬なの……か?」
山本は恐る恐る、真に向かって尋ねた。
それは、心底、否定して欲しかった。
だが。
真はあっさりと縦に首を振る。
長い沈黙があった。
そして。
『…………似てない』
中将二人の呟きがものの見事に唱和する。
こくり、と再び、今度は同意を表すために真は頷いたのだった。
天馬と大佐って似てないなーと。どちらかというと性格の悪さは瑠璃男に、我侭さは帝月に似ている感じがします。
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