・・・  大人遊戯  ・・・ 


 零武隊は暇が多い。
 というより、仕事の選り好みが激しいのだ。
 仕事がないときは徹底的になくて、代わりに訓練ばかりとなる。しかも上官と口うるさいのは外との折衝で居なくなることがしばしあり、彼らが居なくなると当然、訓練から逃げ出す奴も出てくるし―――もっといえば訓練自体しないことが出てくる。
 その突然出てくる暇な時間が、よくなかったのだろう。
「おーっ。見ろよ、俺、ヘラクレス手に入れたぜ!」
「マジでぇ?
 ちょっと待てよ。おい技カードにそこでアゲハチョウはねえだろっ。仲間呼ぶなよっ」
「駄目駄目。お前残りいくつだ? え? 20もないじゃん」
「ふんっ。ジャンケンで勝てばいいんだよ。勝てばな。
 次の勝負いくぜっ」
零武隊では子供向けのカードが大流行していた。
 初めは、軍の官舎のすぐ側にカード売りがあり、子供のあいだで流行しているらしいということから面白半分で買っていた。昆虫が主役なので、食事のときに見せ合うとそれなりに話題になるし、昔の虫取り自慢なんかも始まった。基本的に虫好きな者は多い。
 だが、誰かがこのカードで遊ぶ機械を休憩室に設置した途端、可愛い話のネタからそれは大変身を遂げた。思った以上にそのゲームは虫ごとの設定が細かく、映像が精巧でなにより技のシーンが面白かったのだ。結局、隊員たちは見事にはまった。 機械の内部を弄っているのでいくらでも無料で遊べる。カードは800種類程あるのに、何人もコンプリートしたうえデータ書き換えが流行。大人買いは汚い。
 中でも強いのは毒丸だ。やはり年若い方が強いらしい。
「あー。大会出てぇよ。俺」
「お前いくつだと思ってんだ。
 年考えろ、年。
 それよりもさ。勝負しようぜ。俺昨日面白い技考えたんだ」
ふうん? と毒丸は挑発的に上目遣いで見た。
 頭一つ大きい激は、にっと笑って今戦闘中の二人組みの後ろに並ぶ。前の戦闘が済むと、二人はポケットからカードを取り出した。
 カードの遊び方はこうだ。基本となる虫を選び、その虫には体力と攻撃が設定されている。ジャンケンで勝つたびに勝ったほうが攻撃が可能となる。さらに技カードをインプットしておくと、グー・チョキ・パーのいずれで勝ったかによって技が発動するのだ。 ジャンケンのボタンの上にガードが被さっており、相手には見えないようになっている。
 毒丸の得意キャラはオオクワガタ。
「かっくいぃ
ひゅうっと唇を吹く。
 激のキャラも出てきた。
「来い。チャバネゴキブリっ」

―――がごんっ

 あまりの気持ち悪さに、気の抜けた毒丸が画面に頭を打ち付ける。
「げ、げ、激ちゃん。何よこれ?」
「ああ? データ書き換えで造ったのよ。裏カード。チャバネゴキブリ」
「造るなぁっ。……ていうか造るなら造るなりにもうちょっと……」
「てめぇだってオオクワガタの体力950ってなんだそりゃ。
 おら勝負するぞっ」
モニターはいつの間にか勝負画面に切り替わっていて、毒丸はあわててぼたんを選択した。が、ここは荒くれ者と武人の混在しまくる零武隊。慌てて選択したら、その手の動きで見切ることは可能だ。
 当然のように激が勝った。
「くくく。技カードも特別だぜ」
相手が低く笑うのを聞いて、毒丸の背筋に冷たいものが走る。正直、きつい。画面がリアルなだけ本物の昆虫を想像させる。

”メスカード …… メスが応援に来てついでに繁殖したっ”

「繁殖するなぁぁぁぁ―――っ!」
至極当然な叫びが、響く。画面には小さいそれが増殖していて、気持ち悪さ倍増だ。そこまで細かく偽造カードを作った技術は感動するが、使いどころを激しく間違っている。
「……一匹見ると三十匹いるんだよねぇー」
「そーそー。しかもあの一個の卵でびっしりと……」
「卵がさぁ。一見それってわかんないのが曲者だよな」
色々な記憶が呼び起こされたのか、ここそこで素直な感想が聞こえる。
「おら、次の勝負だっ!」
「ちょっと待てっ。この技の意味はっ!?」
「意味? え? 何いってんの。オスとメスがいたら繁殖しかないだろ」
かけあううちに、次の勝負画面が始まってしまう。
 動揺がでて毒丸は話にならない。当然のように激が勝った。次の攻撃はなんだよ、と固唾を呑んで見守っていたが―――。

”逃げる …… 逃げ出した”

 相手は攻撃を仕掛けず画面中を走り回るだけ。
「どーよこのリアルな動き。ちゃんと実物見て、頑張って入力したんだぜ」
鼻高々と告げる激に、言葉も出ない。
「……現朗ちゃんにばれる前に、実物は処分しとこうね」
三回目の勝負も、激が勝った。というより毒丸は投げた。ここまで来たら最後も見たいというのが人情だ。
「ふふふ。これは凄いぜ。俺の経験談を基にしてるからな」

”仲間を呼んだ …… シロアリカード”

「またおかしなカードつくってさぁ……ん?」
と、普段とは違う画面になった。背景から丸ごと、変わっている。密林のような背景ではなく、古びた木造家屋が現れて虫の姿が見えない。 こんな機能まで追加したとは、正直驚いた。

”家の値段が下がって家賃が安くなったが、敷金で殺虫剤散布した”

 ぶしゅぅっとその家から白い煙があがる。
 ……凄い攻撃。
 なんだよそれ、と思っていたら、相手の攻撃力が1000というとんでもない数値にさすがに毒丸は正気に戻って青ざめた。一瞬でオオクワガタがやられてしまっている。
「いやぁ。都会はシビアだよなぁ」
「全然面白くないからっ! 何この夢のないカードっ」

「というか。これはなんだ」

二人の後ろから素敵な女性の声が聞こえた。
 ぎしっと硬直した彼らの間を、刀の一撃が通り過ぎる。一刀両断の文字通り、二つにぱかっと割れた機械が煙を立ててる。音もなく、鉄製のそれは見事に切れた。こんな腕をもつのは彼らの知る限り一つだ。
 予想が違いますように、と心で祈りながら。
 油の切れた機械のようにゆっくりと、同時に、振り返る。
 髪の長い白い軍人。肩についている階級。そして、鬼でも射殺すその瞳。

 ……あははは。やっぱり俺の予想違いじゃないかぁ。残念残念☆

 ちらりと見ると、扉の外には現朗が控えていて、今から逃げ出すことはできない。
 どうしてここに来るまで気づかなかったのだろうか。
 答え、彼女だからだ。
 それ以上明確な理由は無い。
「面白そうな訓練じゃないか。
 丸木戸教授。そういえば実験体が十数体ほしいとか言っていたな。用意が出来そうだ」
「あ。そぉ? 助かります」
ひぃいっと泣きそうな声がここかしこから漏れる。
 蘭は無視してさっさと出て行った。これから全員の処分を決めなければならない。
 全く、忙しくする。揉め事を起こさないと思って安心していればすぐこれだ。執務室に寄らず裏口から不意打ちに休憩室を確認して正解だったな、と思った。それ以外は特に思わなかった。

 誰かが、その機械を設置した。
 誰かが、蘭が抜き打ち検査をするように促した。
 ……誰が?
 
 背広と笑顔の下、丸木戸が赤い舌を出していたことは誰も知らない。